日本は誰と戦ったのか(江崎道朗)

先の大戦に対する再評価

この本『日本は誰と戦ったのか(江崎道朗)』のテーマはそこにあると考えています。

東京裁判史観は極めて「視野が狭い」

いわゆる東京裁判史観「日本は侵略国家だ」のもとで、我が国の歴史学会もマスコミも「侵略戦争の責任」を日本の誰かに負わせようとする議論ばかりを、戦後ずっとしてきました。

筆者の江崎道朗は指摘します。

この東京裁判史観について私はかねてより、自国のことを非難するだけで他国の動向を見ようとしないという意味で「偏狭史観(narrow-mindedhistory)」と呼ぶべきだと思っていました。戦争相手であるアメリカやソ連、イギリスなどの動向や内情をまともに分析せずに、ひたすら日本だけを糾弾する東京裁判史観は極めて「視野が狭い」と思ってきたからです。

日本は誰と戦ったのか

先の大戦では、アメリカ、ソ連が主な対戦相手です。

しかし、私たちはアメリカ、ソ連の内情について知らな過ぎました。

当時のアメリカ大統領は、フランクリン・ルーズヴェルト、トルーマン、ソ連の最高指導者はスターリンでした。

彼らがどんな思惑で何を画策していたかを知れば、本当の敵が誰か自ずと見えてきます。

もう、東京裁判史観は終わりにしましょう。

本書の要点まとめ

ここからは簡潔に本書の要点を書いていきたいと思います。

かなり主観的な感じになってしまいますが、詳細は本書『日本は誰と戦ったのか(江崎道朗)』をお読みいただければと思います。

ヴェノナ文書

アメリカ政府は1995年にソ連・コミンテルンのスパイたちの交信記録である「ヴェノナ(VENONA)文書」を公開しました。

この「ヴェノナ文書」の公開とその研究によって、以下のような大統領の側近たちがソ連の工作員であったことが判明しています。

カバーネーム 本名 役職
Jurist Ales アルジャー・ヒス 財務長官補佐官
Lawyer ハリー・デクスター・ホワイト 財務次官補
Page ラフリカン・カリー 大統領上級行政職補佐官

対米開戦の決め手となったハル・ノートの原案はホワイトが書きました。

ルーズヴェルトの大罪

本書では4つ挙げられていますが、ここではそのうち2つを紹介します。

  1. 外交政策の失敗
  2. ソ連を国家承認し、第二次世界大戦に参戦してからは同盟国としてソ連に膨大な援助をしました。
  3. ニューディール政策
  4. ニューディール連合が誕生し、言論の自由、学問の自由を弾圧し、ルーズヴェルトへの批判をタブーとしてきました。戦後、日本にきたGHQはニューディール連合の人間が中心です。

日米開戦に誘導した尾崎実美

ソ連は日本の国策を「ソ連警戒の北信論」ではなく「英米と対立する南進論」へ誘導するよう工作を仕掛けました。

その工作員は、なんと日本政府、具体的には近衛文麿内閣の中枢に食い込んでいました。

ゾルゲ事件で逮捕されることになる、朝日新聞記者の尾崎秀美ほつみです。

影響力のエージェント5種類

影響力のエージェントは、共産党員であるかないかにかかわらず、ソ連の積極工作の目的に協力する人のことです。

アメリカのエドガーフーヴァーFBI長官によると、その影響力のエージェントは5種類あるとされます。

  1. 公然の会員
  2. 公の共産党員を指します。
  3. 非公然の会員
  4. 共産党を信奉する、または共産党員であることを隠し、活動する人を指します。
  5. フェロー・トラベラーズ(同伴者)
  6. 自発的に共産党を応援する人を指します。
  7. オプチョニスト(機械主義者)
  8. 利害が一致して共産党を応援する人を指します。
  9. デュープス(間抜け)
  10. 知らず知らずのうちに利用されている人を指します。

ヤルタ会談のアメリカ側のメンツがヤバい

フランクリン・ルーズヴェルト大統領、その最側近ハリー・ホプキンス、エドワード・ステティアニス国務長官と、アルジャー・ヒス(ルーズヴェルト指名で随行)です。

フランクリン・ルーズヴェルトはソ連と共同で戦後世界を管理し平和を築く、というビジョンの持ち主ですが、病気で職務遂行能力はありませんでした。

ハリー・ホプキンスは、工作員の疑いがある親ソ派です。

アルジャー・ヒスは、ソ連の工作員で、ヤルタ会議を仕切ったのはこの人物です。

日本の早期停戦の妨害

ソ連・スターリンにとって、日本が早期に降伏しないようにすることが何よりも重要でした。

ヤルタ会談当時のソ連はヒトラー率いるドイツと血みどろの戦いを繰り広げており、まずは、東欧などに軍事侵攻して、確実に東欧諸国をソ連の支配下に置くことが優先課題でした。 独ソ戦を片付け、東欧諸国を軍事占領したあと、極東地域に軍隊を送り、満洲や日本に侵攻することになりますが、そのためには、時間が必要でした。そして日本が早期に降伏してしまったら、ソ連は対日参戦できなくなってしまいます。

ソ連の工作員はルーズヴェルト政権内で対日強硬策を徹底的に煽りました。

結果、アメリカが日本へ無条件降伏を迫ったことで、日本は死に物狂いで抵抗せざるを得なくなり、最終的にソ連の対日参戦を許したのでした。

スターリンの思う壺ですね。

日本ではソ連の対米工作は隠ぺいされてきた

こうして考えてみると、日米戦争におけるソ連の関わりは非常に深いものがあります。

しかし、これまでスターリンの秘密工作に振り回されたルーズヴェルト民主党政権の失策は隠ぺいされてきました。

日本を悪者にすること、つまり、東京裁判史観によって、それを隠してきたのです。

日本の学者、マスコミ、官僚も、日本人であるにも関わらず、それに協力してきました。

これも大きな問題です。